ヨガを始めたばかりのころ、私はヨガを「体が柔らかくなる運動」だと思っていました。
それが変わったのが、八支則(はっしそく)を知ったときです。ヨガには8つの段階があって、ポーズはそのうちの3番目、たったひとつ。残りの7つは、どう生きるか、どう呼吸するか、どう心を扱うかの話でした。
この記事では、八支則の全体像をひととおり並べたうえで、よくある誤解と、子育てや仕事のなかでどう使えるかまで書きます。各項目の詳しい実践編は、全8回のシリーズ記事にリンクしています。
八支則とは:『ヨーガ・スートラ』が示し8つの枝
八支則は、サンスクリット語でアシュターンガといいます。アシュタ(8)とアンガ(枝・部分)を合わせた言葉です。ヨガ哲学の古典『ヨーガ・スートラ』の第2章に記されています。
「ステップ」と訳されることが多いのですが、原語は「枝」。1本の木から8本の枝が伸びているイメージのほうが、実感に近いと思います。
なお『ヨーガ・スートラ』の成立年代は、紀元前500年頃から紀元後450年頃まで説が分かれており、ひとつに断定できません。その経緯はヨガの起源と歴史|「5000年前から」はどこまで本当かにまとめました。
8つの内訳は次のとおりです。
- ヤマ(禁戒):しないほうがいいこと。5項目
- ニヤマ(勧戒):したほうがいいこと。5項目
- アーサナ(坐法):ポーズ
- プラーナーヤーマ(調気法):呼吸法
- プラティヤーハーラ(制感):感覚を内へ向ける
- ダーラナ(集中):一点に意識を置く
- ディヤーナ(瞑想):集中が続いている状態
- サマーディ(三昧):対象と自分の境目がなくなる状態
最初の2つ(ヤマ・ニヤマ)は、マットを降りたあとの生活の話です。ヨガが「運動」に収まらないのは、ここが入口に置かれているからだと思っています。
①ヤマ(禁戒):しないほうがいいこと 5つ
- アヒンサー(非暴力):心でも言葉でも行いでも、傷つけないこと。他人にも、自分にも
- サティア(正直):嘘をつかないこと。サティヤとも表記されます
- アスティア(不盗):盗まないこと。物だけでなく、人の時間やアイデアも。アステーヤとも表記されます
- ブラフマチャリヤ(禁欲):欲に振り回されず、節度をもつこと
- アパリグラハ(不貪・ふとん):むさぼらないこと、執着しないこと。「不貪」は「ふとん」と読みます
②ニヤマ(勧戒):したほうがいいこと 5つ
- シャウチャ(清浄):体も、身の回りも、心も清潔に保つこと
- サントーシャ(知足):いま在るもので足りていると知ること
- タパス(苦行):自分を鍛えること。「熱」を意味する言葉が語源です
- スヴァディヤーヤ(自己探求):聖典を学び、自分を知ること
- イーシュワラ・プラニダーナ(自在神への祈念):自分より大きなものに、ゆだねること
※スヴァディヤーヤとイーシュワラ・プラニダーナの実践編は、まだ書けていません。シリーズの続きとして準備中です。
③〜⑧:マットの上と、心の内側で起きること
3番目から8番目は、だんだん内側へ入っていく順に並んでいます。
- アーサナ(坐法):もともとは「瞑想のために安定して座る姿勢」を指す言葉でした。いま私たちがやっている多様なポーズは、ずっと後の時代に発展したものです
- プラーナーヤーマ(調気法):呼吸を意識的に扱う練習。プラーナ(生命エネルギー)+アーヤーマ(拡張・制御)
- プラティヤーハーラ(制感):外からの刺激に引っぱられている感覚を、内側へ戻すこと。スマホから目を離す時間、と考えると現代的です
- ダーラナ(集中):ひとつの対象に意識を置く。置いては逸れ、また戻す、の繰り返し
- ディヤーナ(瞑想):戻す作業が要らなくなり、集中が途切れずに続いている状態
- サマーディ(三昧):見ている自分と見られている対象の境目がなくなる状態
正直に言うと、私はサマーディがどういうものか、体験として語れません。ダーラナで精一杯です。それでも、「ここまで地図がある」と知っているだけで、うまくいかない日の受け止め方が変わります。
背景にある考え方(余力があれば)
八支則の背景には、インド哲学の枠組みがあります。難しく感じたら、この章は飛ばして先へ進んでも大丈夫です。
- プルシャ(純粋意識)とプラクリティ(物質・現象):もともとはサーンキヤ哲学という別系統の思想の二元論で、『ヨーガ・スートラ』もこの枠組みを共有しています。「見ているもの」と「見られているもの」を分ける考え方です
- カルマ:行いが結果を生むという考え方
- サンスカーラ:過去の経験が心に残していく「くせ」のようなもの。八支則の実践は、このくせに気づいて、上書きしていく作業でもあります
- モクシャ(解脱):そうしたくせや思い込みから自由になった状態
私がいちばん実生活で使っているのはサンスカーラです。「またこの反応をしている」と気づけたときの、あの半歩下がる感じ。あれだけでも、だいぶ違います。
よくある3つの誤解
誤解1:1から順番にクリアしていくもの?
「ヤマができてからニヤマ、それができてからポーズ」と階段のように説明されることがあります。でも実際の練習では、ほぼ全部が同時に起きます。
ポーズをとりながら「隣の人より曲がらない」と焦っている瞬間は、アヒンサーの練習でもあります。順番待ちをしていたら、いつまでも始まりません。
誤解2:宗教なの?
10番目のイーシュワラ・プラニダーナは、たしかに「自在神への祈念」と訳されます。ここで戸惑う方は多いです。
ただ『ヨーガ・スートラ』は、特定の神を信じることを求める書き方をしていません。多くの指導現場では、「自分の力ではどうにもならない領域がある、と認めること」として扱われています。私もそう説明しています。自然でも、ご先祖でも、大きな流れでも、しっくりくる言葉に置き換えて構いません。
誤解3:全部やらないと意味がない?
10項目もあると、できていないことばかりが目につきます。私も最初はそうでした。
おすすめは、10のうち1つだけ選んで、1週間だけ意識してみること。できたかどうかは採点しません。「今日はこれを思い出した」で十分です。八支則は達成目標ではなく、自分を観るためのレンズだと思っています。
暮らしのなかで、どう使うか
抽象的な話が続いたので、具体例を挙げます。
- アヒンサー:怒鳴りそうになった瞬間に、一度だけ息を吐く。他人にだけでなく、「私はダメだ」と自分を刺す言葉にも同じことが言えます
- サティア:「大丈夫です」と反射で答える前に、本当に大丈夫か一拍おく
- アスティア:会議を5分で終わらせる。人の時間を奪わないのも不盗です
- ブラフマチャリヤ:寝る前の動画を1本で止める
- アパリグラハ:「いつか使うかも」を手放す。子どものおもちゃの整理は、この練習の場です
- シャウチャ:机の上を、使う前ではなく使い終わったあとに片づける
- サントーシャ:SNSを閉じて、今日あった良かったことを1つ思い出す
- タパス:5分でいいから毎日続ける。長さより、途切れないこと
私はこれを、子育てのなかで試してきました。うまくいった話よりも、うまくいかなかった話のほうが多いです。その記録が、次の全8回のシリーズです。
八支則を子育てに|全8回シリーズ
- 第1回:アヒンサー(非暴力)優しさを育む教え
- 第2回:サティア(正直)の重要性
- 第3回:アスティア(不盗)を実践するヒント
- 第4回:ブラフマチャリヤ(禁欲)を実践するヒント
- 第5回:アパリグラハ(不貪・ふとん)を実践するヒント
- 第6回:シャウチャ(清浄)を実践するヒント
- 第7回:サントーシャ(知足)を実践するヒント
- 第8回:タパス(苦行)を実践するヒント
瞑想から始めてみたい方へ
八支則のうち、いちばん取りかかりやすいのは呼吸と瞑想だと思います。yogacafe-tunaguのYouTubeチャンネルで、短い瞑想の動画を公開しています。難しく考えず、できることから一歩だけ。
まとめ
- 八支則は『ヨーガ・スートラ』第2章に記された8つの「枝」。アシュターンガ=アシュタ(8)+アンガ(枝)
- ポーズ(アーサナ)は3番目のひとつだけ。入口はヤマ・ニヤマという生活の話
- 順番に上る階段ではなく、実際には同時に起きる
- 特定の信仰を求めるものではない
- 10のうち1つだけ選んで、1週間試すところから
あわせて読みたい
- ヨガの起源と歴史|「5000年前から」はどこまで本当か——『ヨーガ・スートラ』の成立年代や、ポーズ中心のヨガがいつできたのかはこちら。ヨガの健康効果について確認できている範囲もまとめています
もっと学びたい方へ
日本語でヨガ哲学の原典に触れるなら、向井田みおさんの一連の本が読みやすいです。
この記事を書いた人
Rita(矢田部理恵)/Tunagu Works
全米ヨガアライアンス RYT200・産後ヨガ・チェアヨガ指導者。ヨガ歴20年以上、指導歴2019年〜。国家資格キャリアコンサルタント。キャリア × AI × ウェルネスをつなぐ活動をしています。
プロフィールはこちら
※この記事は2024年8月に公開し、2026年8月に全面的に見直しました。用語・内部リンクを修正し、実践編と誤解の整理を加えています。
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