「真のロマンチストになりたい」|BIGBANG SOL(テヤン)の言葉と、ペイ・フォワード

金色の光が同心円状に広がる抽象的な背景と「真のロマンチストになりたい」の文字 暮らし・推し活

『トークィーンズ』で、SOLが「真のロマンチストになりたい」と話していた。

BIGBANGのSOL。韓国での活動名は、テヤン。

どちらも「太陽」という意味だと、あとで知った。

私がK-POPにハマったのは、実はBIGBANGからだ。第二世代から見ている。

今でこそBTSの話ばかり書いているけれど、入口はここだった。

だからSOLの声は、私にとって「久しぶりに聞くもの」ではなくて、ずっと聞いてきたもののほうに近い。

それでも、正直に書くと、この言葉を聞いた瞬間は、少し戸惑った。


日本語の「ロマンチスト」は、分が悪い

日本語で「ロマンチスト」は、そんなに良い響きの言葉じゃない。

夢見がち。現実が見えていない。ちょっと酔っている。

ナルシストと地続きのところに置かれている気がする。

少なくとも、大人が真顔で「なりたい」と口にする言葉ではない。褒め言葉として使われる場面を、私はあまり思い出せない。

だから最初は、そのまま聞き流しそうになった。

ステージの上で長く生きてきた人が言う「ロマンチスト」って、そういう意味なのかな、と。


聞いていたら、話が全然違った

でも続きを聞いていて、手が止まった。

彼が話していたのは、私の知っている「ロマンチスト」ではまったくなかった。

相手の気持ちを考えること。

相手の好きなもののために、努力すること。

そして——愛する人のためなら、プライドを捨てられること。

それがロマンチストだ、という話だった。

自分に酔う話ではなかった。むしろ正反対で、自分をいちばん後ろに置く話だった。


たぶん、あの言葉は利他に変換されている

韓国語のロマンチストは、日本語のそれとは違う場所に着地しているんじゃないか、と思った。

言語の専門家ではないので、これは私の感じ方でしかない。

ただ、彼の話を聞きながら私の頭に浮かんでいたのは「ロマンチック」ではなく、「利他的」という言葉だった。

そして、その話には一本、芯が通っていた。

徹底して、対象が他である。

自分がどう見られるかではない。自分がどう感じたいかでもない。

向き先が、最初から最後まで、相手のほうを向いている。

しかも彼は、それを我慢や犠牲として語っていなかった。

それを、自分の喜びとしている。

そこがいちばん、私に刺さった。

やらなきゃいけないこととして相手を思うのと、そうしたいから相手を思うのとでは、続く年数がまるで違う。

前者はいつか枯れる。後者は枯れない。

「プライドを捨てられる」という言い方も、強い。

捨てるものがない人の言葉ではないからだ。

捨てるほどのプライドを持っている人が、それでも捨てられると言っている。


正直さと、プライドを捨てること

彼が挙げた条件は、もうひとつあった。

正直であること。

最初は、この二つを別々の条件として聞いていた。正直であること。プライドを捨てられること。

並んでいるだけで、それぞれ別の話だと思っていた。

でも書きながら、同じことの表と裏だと気づいた。

ヨガの八支則の二番目に、サティア(正直)という教えがある。

私は以前、こう書いたことがある。二十年ヨガを続けてわかったのは、一番正直にできていないのは、自分自身に対してだということ。

「疲れていない」と思い込む。「もっとできるはず」と限界を認めない。「こんなことで弱音を吐いたらダメだ」と感情にふたをする。

あれは全部、自分への嘘だった。

では、なぜ嘘をつくのか。

プライドがあるからだ。

弱いと思われたくない。できない人だと思われたくない。

その気持ちが、自分への正直さを少しずつ削っていく。

だから、プライドを手放せる人は、正直でいられる。

順番は逆でもいい。正直でいたいから、プライドを置ける。

どちらにしても、あの二つは別々の条件ではなかった。

同じひとつのことを、外から見た言い方と、内から見た言い方で並べていただけだった。


数日後、知らない言葉を教わった

この話が頭の隅に残ったまま、数日が過ぎた。

そして今日、研修だった。

同じ時期に入った人たちと話す時間があって、その中の一人が、私の知らない言葉を教えてくれた。

ペイ・フォワード。

説明はこうだった。

人から受けた恩は、その人に返すんじゃなくて、もっと広く、社会に活かすものだ。

あとで調べたら、2000年の映画のタイトルでもあった。

キャサリン・ライアン・ハイドの小説が原作で、その物語では、受けた親切を別の三人に渡していく、という形をとる。

返すのではなく、前に送る。だからペイ・フォワード

聞いた瞬間、SOLの話とつながった。

ロマンチストは、特定の相手に向かう利他だった。

ペイ・フォワードは、まだ知らない誰かに向かう利他だ。

向き先が自分ではないという点で、ふたつは同じほうを向いている。ペイ・フォワードのほうが、対象がもう一歩遠い。


返さないから、続く

面白いのは、ペイ・フォワードが「返さない」ことを条件にしているところだ。

返してしまうと、そこで終わる。二人のあいだで貸し借りが清算されて、話が閉じる。

返さずに別の人へ渡すと、閉じない。

清算されないまま、どこかへ広がっていく。

これは、けっこう勇気のいる設計だと思う。

自分が渡したものが、自分のところに戻ってこないことを前提にしているからだ。

誰に届いたかも、届いたかどうかも、たぶん一生わからない。

ヨガの八支則に、アパリグラハ(不貪)という考え方がある。

必要以上に持たない、しがみつかない、という意味だ。見返りを求めないことも、たぶんこの範囲に入る。

わかってはいる。

でも私は、人に何かをするとき、心のどこかで少しは戻ってくることを期待している。

感謝でもいい、評価でもいい、いつか何かの形で、と思っている。それがゼロだと言えるほど、できた人間じゃない。

だからSOLの「プライドを捨てられる」も、ペイ・フォワードの「返さない」も、まだ自分が立てていない場所の話として聞いていた。


その日の午後、自分の言葉が出てきた

同じ日の午後、自己分析のワークをやる時間があった。

自分の価値観を掘って、言葉にしていく作業だ。

私は普段、人にそれをやってもらう側にいる。自分でやると、これがなかなかしんどい。

そうして最後に残った、自分のキーワードがこれだった。

前向きにする影響力。

書き出してから、少し笑ってしまった。

さっき教わったばかりの言葉と、同じ方向を向いていたからだ。

「影響力」の対象は、自分ではない。前向きにする相手がいて、初めて成り立つ言葉だ。

自分がどうありたいかではなく、自分を通ったあとに相手がどうなるかを軸にしている。

外から教わった言葉と、内から出てきた言葉が、たまたま同じ日に、同じほうを向いていた。


おわりに

同じ日に、というのは正確ではない。SOLの話は数日前で、ペイ・フォワードと自己分析は今日だ。

それでも私の中では、今日つながった。

対象が、自分じゃない。

最初は、三つとも同じことを言っていると思った。

ロマンチスト。ペイ・フォワード。前向きにする影響力。どれも向き先が外を向いている、と。

でも並べてみたら、同じではなかった。

外へ出ていく距離が、それぞれ違う。

ロマンチストは、たぶんいちばん自分に近い。相手のほうを向いてはいるけれど、成立しているのは自分の中だ。

「そういう自分でありたい」という自己認識の話であって、相手が実際にどうなったかまでは問われない。

極端に言えば、自己満足のままでも成り立ってしまう。

ペイ・フォワードは、そこから一歩出る。手渡した時点で、自分の手を離れる。

届いたかどうかは分からない。でも少なくとも、外には出ている。

そして「前向きにする影響力」は、いちばん厳しい。

相手が実際に前を向かないと、成立しない。 自分がどうありたいかは関係がなくて、結果でしか測れない。

——たぶんSOLは、そこをわかっていた。

だから彼は「ロマンチストになりたい」ではなく、「真のロマンチストになりたい」と言ったんじゃないか。

「真の」がついているということは、そうでないロマンチストがあることを、本人が知っているということだ。自己満足で止まる側の顔を。

私はまだ、そこに立ててはいない。

プライドは捨てられないし、渡したものが戻ってくることも、たぶんまだ期待している。自己満足のところで止まっている日のほうが、ずっと多い。

そして書き出したときは気づいていなかったけれど、自分で掘って出てきた言葉が、三つの中でいちばんハードルの高いものだった。

まいったな、と思う。

でも、そう出てきてしまったのだから、覚えておこうと思う。

「真のロマンチストになりたい」と、あの人は言っていた。

いま私は、その言葉の意味が、少しだけわかる気がしている。

——太陽という名前の人が言うには、少し出来すぎた話だけれど。

ちなみに私は、まだ前編しか見ていない。

さて、これから後編を見ます。

また何か感じることがあったら、書こうと思います。


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