東京ドームで、私は私だった話|BTSとLove Yourself

東京ドームのライブ会場でアーミーボムを掲げる手。背景にはBTSのステージが広がる。 暮らし・推し活

4月のある日、私は東京ドームにいた。

隣には推し仲間。手の中には双眼鏡。子供の手を引いていない。誰かの安全を守る必要も、誰かの視線を気にする必要もない。ただ、双眼鏡の中にナムさんがいた。

なんとも言えない気持ちになった。

それがどんな気持ちなのか、うまく言葉にできないまま、今日この記事を書いている。


転職活動の、しんどい時期だった

あの頃、私は転職活動をしていた。

いくつかの会社を受け、選考を通り、そして最終面接で落ちる——そのサイクルを何度も繰り返していた。最終まで行っておきながら、また落ちた。また落ちた。「私には何が足りないんだろう」と考える夜が続いた。

算命学で、私の命式は「金属の鋼」だと言われたことがある。

叩かれれば叩かれるほど強くなる、という運命らしい。そのとき私は、「なるほど、今は叩かれている時期なんだな」と半ば自嘲気味に思っていた。

転職をやめてフリーランス一本にしようか、とも考えた。でも、どこかで引っかかっていた。私が本当に目指しているのは、しっかりした本業を持ちながら、その上で副業・パラレルキャリアを育てていくことだった。社会人としての地位をちゃんと整えた上で、自分らしい働き方を作っていく。どちらかに偏るのではなく、両方を持つ。それが憧れだった。

その答えが出ないまま、東京ドームに向かった。


ナムさんという人

BTSのリーダー、RMことキム・ナムジュン(通称:ナムさん)。

哲学書を読み、美術館を巡り、自分の内側を言語化し続ける人。考えすぎてしまうことを恥じず、それを表現の核にしている人。どこまでも本質を追い続ける人。

育休中、国連でのナムさんのスピーチを何度も見た。

「昨日の間違いは、私を作った私自身の星座の一部です。」
「あなたが誰であれ、どこから来たのであれ——自分自身に話しかけてください。Speak yourself.

最終選考で落ち続けていた私に、「また」この言葉は刺さった。

今の失敗も、この迷いも、全部「私という星座の一部」なんだ、と。叩かれながら鍛えられている、というのはそういうことかもしれない、と。


Netflixのドキュメンタリーで見たもの

ライブに行く少し前、BTSのドキュメンタリーをNetflixで見た。

兵役を終えたメンバーたちが戻ってきて、すぐにアルバムの制作に入る——その過程を追ったドキュメンタリーだった。

印象的だったのは、彼らがアーティストである前に、組織の一員としての役割を全うしている姿だった。

「アーティストだから好き勝手やる」のではない。会社に所属するグループとして、ビジネスとアートの両方に誠実に向き合っている。社会的な視点を持ちながら、それでも自分たちの表現を妥協しない。どちらかに偏るのではなく、両方を真剣に生きている。

これだ、と思った。

私が目指していた「本業×副業」の形を、彼らはもっと高いレベルでやっている。組織の中にいながら、自分の表現を持つ。制約の中で、自分らしさを諦めない。

アイドルの話ではなく、働き方の話として、ドキュメンタリーを見ていた。


東京ドームのあの日

そして4月、東京ドーム。

席に座ったとき、ふと気がついた。

子供の手を引いていない。

いつもなら、どこかに娘の手がある。商業施設で、駅で、公園で、常に「はぐれないように」と意識の一部が向いている。でもその日は違った。隣にいるのは推し仲間で、手の中にあるのは双眼鏡だった。

誰の視線も気にせず、ただ双眼鏡を覗く。

「あ、私ここにいる」という感覚が、静かに戻ってきた。


叩かれながら、強くなっている

あのライブから少し経って、転職が決まった。

最終選考で何度も落とされた末、たどり着いた場所。サラリーマンとしての地位を持ちながら、副業を公認でやっていける環境。私が欲しかった「両方」を、ちゃんと手に入れられた。

金属の鋼は、叩かれるほど強くなる。

転職活動という「叩かれ続ける時間」が、今の私を作ってくれた。そしてその時間を、ナムさんの言葉と、東京ドームのあの日が支えてくれていた。

ヨガの言葉に「タパス(鍛錬・苦行)」がある。熱を加えることで、不純物が取り除かれ、本来の輝きが現れる——という意味だ。

転職活動も、タパスだったのかもしれない。


おわりに:Love Yourself は、動詞だ

ナムさんが「Love Yourself」と語るとき、それはスローガンじゃない。

答えを持っているから語るのではなく、問い続けながら語っている。「自分を愛することは、最も困難な旅だったかもしれない」と言いながら。

だから刺さるんだと思う。

推し活は逃避じゃない。戻ってくる行為だ——自分のところに。

東京ドームのあの日、双眼鏡の向こうにナムさんを見ながら、私は久しぶりに「Rita」に戻ってきた。複業ママでも、PRの人でも、ヨガ講師でもなく、ただの私に。

その私が、今ここにいる。


ナムさん、ありがとう。またいつか、双眼鏡の向こうで。


【参考】

  • BTS × UNICEF「Love Myself」キャンペーン
  • RM 国連スピーチ(2018年9月)”Speak Yourself”
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