2021年9月、コロナ禍の国連総会に、BTSが登壇した。
当時、10代・20代は「コロナのロストジェネレーション(失われた世代)」と呼ばれていた。いちばん多様な経験が必要な時期に、学校も、出会いも、機会も失った世代だ、と。
そのラベルに対して、ナムさん(RM)はこう返した。
彼らの歩く道が大人の目に見えないからといって、道に迷っていると言うのは無理があると思います。
(BTS 国連総会SDGモーメント・2021年9月20日より、筆者訳)
そしてスピーチは、「ロストジェネレーションではなく、ウェルカムジェネレーションと呼びたい。変化を恐れるかわりに『ようこそ』と言って前に進み続ける世代だから」という言葉で締めくくられた。
若者向けのスピーチだ。でも私はこれを、大人にこそ効く言葉だと思って何度も反芻している。
「迷子」と言っているのは、誰の目線か
「道に迷っている」という言葉には、前提が隠れている。地図に載っている道だけが、道だという前提だ。
新卒で入社して、同じ会社で昇進して、定年まで勤める。地図にはっきり印刷された、太い道。そこから外れた瞬間、人は「迷っている人」として扱われがちだ。転職を繰り返す人。仕事を辞めて学び直す人。会社員をしながら副業を育てる人。履歴書の上で線がまっすぐに見えないだけで。
ナムさんの言葉は、その前提をひっくり返す。見えないのは、道がないからじゃない。あなたの地図が古いからだ。
私自身、いま会社員と個人事業主の二足のわらじという「地図にない道」を歩いている。正直、たまに不安になる。この道で合っているのか、誰にも確認できないから。でもそれは迷子だからではなく、まだ地図に載っていない道を歩いているからなのだと、この言葉が思い出させてくれる。
シュロスバーグ:転機は「迷い」ではなく「点検」で乗る
キャリア理論でこの話に一番近いのが、ナンシー・シュロスバーグの転機(トランジション)理論だ。
シュロスバーグは、人生の転機を3種類に分けた。
- 予期していた転機——就職、結婚、異動など、来ると分かっていたもの
- 予期していなかった転機——突然の失業、病気、パンデミック
- 期待していたのに、起こらなかった転機——来るはずだった昇進が来ない。あるはずだった話が消える
3つ目まで「転機」に数えるのが、この理論の優しいところだと思う。何も起きなかったことに傷ついている人を、ちゃんと転機のただ中にいる人として扱ってくれる。
そしてシュロスバーグは、転機を乗り切る鍵は「迷わないこと」ではなく、4つの資源(4S)を点検することだと言った。
- Situation(状況)——いま何が起きているか。時期は最悪か、まだましか
- Self(自分)——自分の強み、経験、価値観という持ち札
- Support(支え)——頼れる人、制度、場所はどこにあるか
- Strategies(戦略)——打てる手をいくつ持っているか
道が見えないとき、必要なのは「正しい道はどれか」という問いではなく、この4つの棚卸しだ。地図がなくても、装備の点検はできる。装備が整っている人を、迷子とは呼ばない。
「ようこそ」と言う側にまわる
コロナの時期に限らず、働き方の地図はどんどん古くなっている。地図の更新より、歩く人の変化のほうが速い。
だったら、変化を恐れて古い道に戻ろうとするより、あのスピーチのように「ようこそ」と言って前に進むほうがいい。それは根拠のない楽観ではなくて、4Sを点検した人の楽観であってほしいと思う。
やってみてほしいこと:転機の棚卸し
いま気になっている変化をひとつ思い浮かべて、書き出してみてほしい。
- その変化は3種類のどれ?(予期した/予期しなかった/起こらなかった)
- 4Sをひとつずつ点検する——状況・自分の持ち札・頼れる支え・打てる手
- 4つのうち、いちばん手薄なところをひとつだけ補強する
「起こらなかった転機」に心当たりがある人は、それを転機として数えていい、というだけで少し楽になるはずだ。
シュロスバーグを含む理論家7人の物語は、こちらの本にまとめている。 https://www.amazon.co.jp/dp/B0H98WPWSJ
おわりに
道が見えないだけで、迷子じゃない。
地図にない道を歩いている人の足元には、歩いたぶんだけ道ができている。振り返ればちゃんと見える。それを最初に言葉にしてくれたのが、私の推しだったことを、少し誇らしく思っている。
【参考】
- BTS 国連総会SDGモーメント スピーチ(2021年9月20日)
- ナンシー・K・シュロスバーグ「転機(トランジション)理論・4S」

