前回、ナムさん(BTSのRM)の国連スピーチの「星座」の話を書いた。今日はその続き。あのスピーチには、私がもうひとつ、ずっと忘れられない一文がある。
私は自分を愛せるようになった。今の私を。過去の私を。そして、これからなりたい私を。
(RM「Speak Yourself」スピーチ・2018年9月24日 国連総会より、筆者訳)
さらっと聞き流しそうになる。でもよく見ると、この一文は変なのだ。
「自分を好きになろう」で終わらなかった
自己肯定感の話は、たいてい「今の自分を認めよう」で終わる。ありのままの自分でいい、というやつだ。
ナムさんは、そこで終わらせずに時制を3つ並べた。
今の私(who I am)。過去の私(who I was)。なりたい私(who I hope to become)。
過去の自分——消したい歴史も、間違いも含めた過去形の自分。そして、まだ存在すらしていない未来の自分。その両方まで「愛する対象」に入れている。
今の自分だけを切り取って肯定するのではなく、時間の中を移動し続けるひとつながりの自分を、まるごと引き受ける。そういう宣言になっている。
スーパーの理論は、同じ景色を見ている
キャリア理論の中で、私がこの一文と重ねて思い出すのが、ドナルド・スーパーだ。
スーパーの理論の核は、「自己概念は、生涯にわたって発達し続ける」ということ。キャリアとは職業選びの一回きりのイベントではなく、「自分はこういう人間だ」というイメージを、人生をかけて育てて、仕事や役割を通して形にしていくプロセスだ、と考えた。
つまり、スーパーの世界ではキャリアに完成形がない。今の自分は途中経過で、過去の自分はその材料で、未来の自分はまだ描きかけ。だから「もう決まった」も「もう手遅れ」も、理論上は存在しない。
もうひとつ、スーパーには「ライフキャリアレインボー」という有名な図がある。人は同時にいくつもの役割——子ども、学ぶ人、働く人、市民、家庭人、余暇を楽しむ人など——を生きていて、その重なり全体がキャリアだ、という考え方だ。
会社員で、個人事業主で、母で、夜は推し活とAIのインプットに燃えている私は、この図に何度も救われている。どれかが「本当の私」でどれかが「仮の私」なのではなく、全部まとめて私。虹は、色が多いほど虹らしい。
「なりたい私」を、最初から除外してしまう人
キャリア支援の仕事をしていると、この3つの時制のどれかを切り捨てている人によく出会う。
過去を切り捨てる人。それも、実感として多いのは遠い昔ではなく、直近の自分を否定している人だ。「この数年は無駄だった」「ついこの間までの私は、間違っていた」——辞めたばかりの仕事、離れたばかりの環境ほど、強く否定される。
たぶん、遠い過去はもう物語になっているからだ。時間が線を引いてくれた。でも直近の数年は、まだ意味づけが終わっていない。線を引く前の、むき出しの点。だから一番痛くて、一番切り捨てたくなる(点と線の話は、前回の星座の記事で書いた)。
でもスーパーの見方に立てば、直近の数年こそ「発達の途中経過」のいちばん新しいページで、切り捨てたらそこだけ物語が飛んでしまう。
そして、未来を切り捨てる人。「もう歳だから」「今さら私なんて」と、「なりたい私」を候補から最初から外してしまう。話を聴くと、なりたい姿は本人の中にちゃんとあるのに、口に出す前に自分で却下している。
ナムさんの一文がすごいのは、「なりたい私」を、実現してから愛するのではなく、まだ影も形もない今のうちから愛の対象に入れているところだ。願望は、叶う前から自分の一部。スーパーが言う「発達し続ける自己概念」とは、たぶんそういうことだ。
やってみてほしいこと:自己紹介を3つの時制で書く
ノートでもスマホのメモでもいい。自己紹介を3行だけ書いてみてほしい。
- 今の私は——肩書きでも役割でも、ありのままに
- かつての私は——消したい過去も、1つだけ入れてみる
- これからの私は——実現の見込みを問わず、「なりたい」を書く
3行目が一番書きにくかった人は、たぶん未来の自分を除外するクセがついている。書けたら、その3行はもう全部「私」だ。
キャリア理論をもっと知りたくなった人へ。スーパーを含む理論家7人の物語を1冊にまとめた本があるので、よかったらこちらもどうぞ。 https://www.amazon.co.jp/dp/B0H98WPWSJ
おわりに
「自分を愛する」は、現在形だけの仕事じゃない。過去形と未来形も入れて、ようやく一人分になる。
今夜も私は、途中経過の私のままで、描きかけの虹を生きている。
【参考】
- RM(キム・ナムジュン)国連総会スピーチ "Speak Yourself"(2018年9月24日・UNICEF「Love Myself」キャンペーン)
- ドナルド・E・スーパー「自己概念理論/ライフキャリアレインボー」


