平日の午前中、私は仕事を抜けて娘の小学校に向かった。
私の住んでいる地域の小学校には「学校公開」という授業参観?的な日がある。
好きな時間に来て、好きな授業・好きな場所を自由に見ていいスタイルだ。
校舎を見学してもいいし、図書館の本を眺めてもいいし、休み時間に子どもたちがどんな遊びをしているか見てもいい。
娘は休み時間、全力で校庭を走り回っていたらしい。
「ママ来たんだ?」と、汗びっしょりのまま友達と教室に戻ってきた。
ノースリーブワンピという、その日いちばん涼しい格好をしていたせいで、教室に入ってクーラーがつくと今度は寒そうにしている。
今度からエアリズムパーカーをランドセルに入れておこう、と心にメモした。
そんな娘の様子を見届けて、また仕事に戻る。
この「平日の午前中に、ふらっと学校に行ける」という働き方こそ、今の自分がいちばん大事にしているものなんじゃないか、とふと思った。
何を「優先したい」と思うかは、人によって違う。その違いに名前をつけた理論家がいる。
エドガー・シャイン。
「キャリアアンカー」という考え方を提唱した、組織心理学の第一人者だ。
シャインって、どんな人?
エドガー・H・シャイン(Edgar H. Schein、1928〜2023)は、MIT(マサチューセッツ工科大学)の組織心理学者。組織開発・キャリア研究の分野で半世紀以上にわたって影響を与えた人物だ。
シャインの出発点は、
「キャリアを選ぶとき、人は条件や肩書きだけでなく、自分の中にある”何があっても譲れない価値観”に引き戻される」
という観察だった。
転職や異動、昇進といった岐路に立ったとき、人は一度は別の道を選んでみることもある。
けれど、最終的には「やっぱり自分はこっちだ」と戻ってくる、ぶれない軸がある。
シャインはそれを船の「アンカー(錨)」にたとえ、キャリアアンカーと名付けた。
8つのキャリアアンカーという考え方
シャインが整理した、代表的な8つのアンカーがこちら。
| 専門・職能的能力 | 特定の分野の専門性を高めることに価値を置く |
| 経営管理能力 | 組織を動かし、人を統括することに価値を置く |
| 自律・独立 | 自分のペース・ルールで仕事を進めたい |
| 保障・安定 | 予測可能で安定した環境を重視する |
| 起業家的創造性 | 新しいものを生み出し、形にすることに価値を置く |
| 奉仕・社会貢献 | 社会や誰かの役に立つことに価値を置く |
| 純粋な挑戦 | 難題を解決すること自体にやりがいを感じる |
| ワークライフバランス(生活様式) | 仕事・家庭・自分の時間を統合したい |
人はこの8つのうち、ひとつ、または少数の組み合わせを「何があっても譲れない軸」として持っている。
条件が良くても、自分のアンカーに合わない働き方を選ぶと、じわじわと違和感が募っていく。
「平日午前の学校公開」をシャインで読み解く
冒頭の話に戻ろう。
「平日の午前中、仕事の合間に学校に行けるくらい、仕事の調整ができること」を、私は何より大事にしている。
これは、シャインの言うワークライフバランス(生活様式)アンカーそのものだ。
仕事・家庭・自分の時間を、無理に切り分けず、ひとつの生活として統合したい、という価値観。
フレックス勤務ではない働き方だと、こういう時間の使い方は難しい。
そして、もうひとつ気づいたことがある。
大学のキャリア支援講座で人前に立ち、誰かの「気づいた」という顔を見るとき、私は確実にエネルギーが上がる。これは奉仕・社会貢献アンカーの要素だ。
ひとつに絞れない、けれど「ワークライフバランス」と「奉仕」という2本の軸は、ここ数年ずっとブレていない。条件や肩書きが変わっても、この2本だけは変わらなかった。
AI時代に、この理論が刺さる理由
AIは、効率化や自動化によって「働き方の選択肢」を増やしてくれる。どこで、いつ、どのくらい働くか──その自由度は、これまでよりずっと広がっている。
けれど、自由度が増えるほど、
「で、自分は何を優先したいんだっけ?」
という問いに、答えられないと迷子になりやすい。
シャインの理論が今も色あせないのは、
「選択肢が増えた時代だからこそ、自分のアンカーを知ることが効く」
という構造になっているからだと思う。AIに「こんな働き方もできますよ」と提示される前に、まず自分のアンカーを知っておく。それが、AI時代の働き方を自分のものにする第一歩になる。
今日の問いかけ
最後に、シャインの理論からヒントを得た問いをひとつ。
「条件が良くても、これだけは譲れないものは何ですか?
それは”専門性” ”裁量” ”安定”” 挑戦” ”創造” ”貢献” ”管理” ”生活の統合”
──どれに近いですか?」
ひとつでも、複数でもいい。その軸を知っておくことが、岐路に立ったときの自分の指針になる。
AIと一緒に「自分のキャリアアンカー」を整理する
シャイン理論を自分に当てはめてみたいなら、以下のプロンプトを生成AIに試してみてください。
プロンプト①:自分のアンカー傾向を言語化する
私のこれまでの仕事の選択(転職・異動・働き方の変化など)を
聞き出しながら、シャインのキャリアアンカー
(専門・職能的能力/経営管理能力/自律・独立/保障・安定/
起業家的創造性/奉仕・社会貢献/純粋な挑戦/ワークライフバランス)の
どれが強そうか、一緒に考えてほしいです。
まず、私に質問を5つしてください。
その回答をもとに、私の中で強く出ていそうなアンカーを1〜2つ挙げて、
それぞれ「なぜそう思ったか」も添えて教えてください。
プロンプト②:今の働き方とアンカーのズレを分析する
シャインのキャリアアンカーをヒントに、
私の今の働き方(職種・役割・働き方を伝えます)が
自分のアンカーとどれくらい合っているかを分析してほしいです。
■今の働き方:[ここに記入]
■大事にしたい価値観(わかる範囲で):[ここに記入]
分析の上で、「アンカーに近づけるための小さな調整」も
提案してもらえますか?
このシリーズでは、キャリア理論を「難しい学問」としてではなく、「今の自分に使えるヒント」として紹介しています。次回は、サビカスという理論家をお届けします。
このシリーズの他の回もよろしければ。#1 クランボルツ編|#4 ホランド編
【参考】
Schein, E.H. (1990). Career Anchors: Discovering Your Real Values. Jossey-Bass/Pfeiffer.
渡辺三枝子編著『新版 キャリアの心理学』ナカニシヤ出版

