「転職しようか、どうしようか」
その気持ちを抱えながら、何ヶ月も動けなかった時期がある。転職が怖いというより、転機そのものが怖かったのだと今は思う。
変化の前に立ちすくむとき、それがなぜなのかを教えてくれた人がいる。ナンシー・シュロスバーグ。人生の「転機」を研究し続けた、アメリカの心理学者だ。
シュロスバーグって、どんな人?
ナンシー・K・シュロスバーグ(Nancy K. Schlossberg)は1929年生まれ。メリーランド大学の名誉教授として、成人のキャリア発達と「転機」の研究に生涯を捧げた。
彼女を知る人が口を揃えるのは「温かくて、実践的で、本当の意味で人に寄り添う人だった」ということ。難解な理論を積み上げるより、目の前の人が「どうすれば乗り越えられるか」を考え続けた研究者だ。
興味深いのは、彼女自身が何度もキャリアの転機を経験していたことだ。夫の転勤のために自分のポストを手放した経験、定年後に新しいライフスタイルを模索した経験。自分が生きた「転機」が、理論の核心にある。
彼女はのちにこう語っている。「私がこの理論を作ったのは、自分自身が転機の中にいたからです」。
なぜ「転機の理論」を作ったのか
1980年代、シュロスバーグは成人カウンセリングの現場で気づいた。
「転機の苦しさは、変化の内容ではなく、自分の手持ちリソースによって決まる」
同じ転職でも、軽々と乗り越える人と深刻に落ち込む人がいる。その違いはどこからくるのか。運や能力ではなく、4つの資源の充実度が鍵だと彼女は考えた。
これが「4S理論」の出発点だった。
4S理論とは何か
シュロスバーグが提唱した「4S」は、転機を乗り越えるための4つの資源を指す。
| 4S | 意味 | 問い |
|---|---|---|
| Situation(状況) | 転機はどんな状況で起きているか | 予期していたか?自分でコントロールできるか? |
| Self(自己) | 自分自身のリソース | 楽観性、柔軟性、以前の転機を乗り越えた経験 |
| Support(支援) | 周囲のサポート | 家族、友人、メンター、所属コミュニティ |
| Strategies(戦略) | 対処のやり方 | 問題解決型か、感情調整型か、意味づけ型か |
この4つが充実していれば、転機は乗り越えやすい。どれかが薄ければ、そこを補う方法を考える。シンプルだけど、深い。
もう一つの視点:「起きなかった転機」
シュロスバーグ理論で私が特に好きなのが、「ノンイベント(non-event)」という概念だ。
転機には3種類ある。
- 予期していた転機(就職、結婚、定年)
- 予期していなかった転機(突然のリストラ、病気)
- 起きなかった転機(ノンイベント)
3つ目が面白い。「起きると思っていたのに、起きなかった出来事」もまた、転機として人を揺さぶる。
昇進できなかった。子どもが生まれなかった。起業しようとしたのに動けなかった。
「何もなかった」のに、深く傷ついていたり、自分を責めていたりすることがある。シュロスバーグはそれも「転機」として扱うべきだと言った。何も起きなかったわけじゃない、そこには確かに喪失がある、と。
AI時代に、この理論が刺さる理由
AIが台頭している今、多くの人が「自分の仕事が変わるかもしれない」という転機の前に立っている。
でも転機そのものより、「自分には乗り越えるリソースがない」という不安の方が大きかったりする。
そのとき、4Sの視点は効く。怖いのは変化じゃない。自分の手持ちリソースが見えていないことが怖い。4Sを整理してみるだけで、「意外と持っているもの」が見えてくる。
Ritaより
私は今年の7月に転職する。これは「予期していた転機」だ。
でも転職を決めるまでの数年間、「このままでいいのかな」という宙ぶらりんな感覚がずっとあった。今振り返ると、あれも「ノンイベント」だったのかもしれない。もっとやれていたはずなのに、やれていない——その感覚。
シュロスバーグを知ってから、あの時期を責めなくなった。「何もしていなかったわけじゃなかった。リソースを整えていた時期だった」と思えるようになった。
4Sで自分を見渡すと、「不足していたのはSupportだったな」とわかる。誰かに相談できる場所がなかった。今も実は、友人の転職支援に伴走をしながら、自分もそういう場所を作りたいと思っている。
AIと一緒に「自分の転機」を整理する
4S理論を自分に当てはめてみたいなら、以下のプロンプトを試してみてください。
プロンプト①:今の転機を4Sで整理する
私は今、[転職・副業開始・部署異動など] という転機の前にいます。
以下の4つの視点で、現在の私の状況を整理してください。
・Situation(この転機の性質:予期していた?コントロールできる?)
・Self(私が持っている強み・乗り越えた経験)
・Support(今の私のサポート体制)
・Strategies(使えそうな対処法)
整理した後、「今一番補強できそうなS」を教えてください。
プロンプト②:ノンイベントを振り返る
「起きると思っていたのに、起きなかったこと」を考えています。
それが今の自分にどう影響しているか、一緒に整理してもらえますか?
ジャッジせず、ただ聞いてください。
次回はホランド編。自分の「好き」が仕事になるとはどういうことか、6タイプで考えます。
Tunagu Works / Rita
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